保定装置の選び方と、長期安定のために必要なこと
矯正装置で歯の移動が完了すると、その位置で歯と周囲の組織が適応するまで「保定(ほてい)」が必要になります。
これは治療の続きではなく、噛み合わせを安定させるための重要な工程です。
どの保定装置を選ぶかによって、噛み合わせの変化の仕方や、長期的な安定性が大きく変わります。
ここでは、医学的根拠に基づき、当院が推奨する保定装置の特徴と選択基準を整理します。
01. なぜ保定が必要なのか:生物学的背景
歯と骨の間には「歯根膜(しこんまく)」と呼ばれる繊維組織があります。
歯が移動すると、この組織は引き伸ばされたり緩んだ状態になり、新しい位置に適応するには時間が必要です。
さらに、頬・唇・舌などの筋の働きも、新しい歯列の状態に馴染むまで一定の期間を要します。
保定装置は、これらの組織が新しい位置で安定するまで歯を支える役割を担っています。
成長期のお子さんでは、骨格の成長が続くため長期の保定が重要です。
成人の場合も、できる限り長い期間保定を継続することが後戻りの予防につながります。
02. 安定の方向性を決める2つの考え方
A. 生物学的適応(セトリング)
噛む面を覆わない保定装置を使用し、日常の咀嚼や会話で上下の歯が直接触れることで、
噛み合わせが自然に適した位置に近づいていく現象をセトリング(Settling)と呼びます。
B. 工学的保持(ホールディング)
歯列全体を覆うマウスピース型の保定装置で、治療終了時の歯の位置を機械的に維持する方法です。
自然な変化を抑えたい場合に適しています。
03. 保定装置の具体的な選択肢
1. 4−4ワイヤー固定 + ラップアラウンドリテーナー
上下の犬歯から犬歯(4−4)の裏側にワイヤーを固定し、その上で取り外し式のラップアラウンドを使用します。
【アプローチ:生物学的適応】
- 噛む面を覆わず自然なセトリングが起こりやすい
- 前歯をワイヤーで確実に保持できる
- 調整範囲が広く、長期使用に適している
- ラップアラウンドリテーナーはホワイトニング用のマウスピースが併用できない
2. ビベラリテーナー(透明タイプ)
強度のあるポリエステル系素材を用いた透明リテーナーです。
【アプローチ:工学的保持】
- 治療終了時の形態を維持しやすい
- 審美性が高く、装着しやすい
- 噛む面を覆うためセトリングは起きにくい
- ホワイトニング用のマウスピースとしても使える
- 4−4ワイヤー固定を併用できる
3. インビザライン・コンプリヘンシブ(5年間の管理期間を保定に活用)
コンプリヘンシブの5年間は、追加アライナーを使いながら噛み合わせの微細な調整を続けることができます。
【アプローチ:能動的コントロール】
- 自然任せではなく、デジタル管理により計画的に最適化が可能
- 噛み合わせの変化に応じて再スキャンし、調整を続けられる
-
動的治療後の残り期間をスキャンしながら最適化を続けられるのは、コンプリヘンシブを選んだ方のみです。
デジタル再スキャン(1回5000円)により歯列の最新状態を正確に記録し、
必要なタイミングで追加アライナーを作製することで、噛み合わせを計画的に整えることが可能 - ホワイトニング用のマウスピースとしても使える
- 4−4ワイヤー固定を併用できる
- ※5年後は必ずビベラやラップアラウンド等の恒久的な保定装置へ移行が必要
難易度が高いケースでの保定について
噛み合わせの接触が不安定な場合や、舌の機能・咀嚼時の力のかかり方に特徴がある場合など、
治療後に位置の変化が起こりやすいケースがあります。
このような難易度の高いケースでは、上下4−4のワイヤー固定を継続する方法が前歯の位置を安定させるうえで有効と考えています。
そのうえで透明リテーナーやラップアラウンドを併用することで、長期的な安定が得られやすくなります。
04. 装置の耐用年数と交換の目安
ビベラリテーナー:1〜3年
咬合力による摩耗や清掃による微細な傷が重なると、厚みや保持力が低下します。
フィットが緩くなったり変形・割れがある場合は再製作が必要です。
ラップアラウンドリテーナー:3〜5年
ワイヤーとアクリルレジンで構成され、変形に強い特徴があります。
ワイヤーの緩みやレジンの欠け、保持力の低下が交換の目安です。
05. 保定装置の比較表
| 保定方法 | 構造と機能 | 安定の仕組み | 適している方 |
|---|---|---|---|
| 4−4ワイヤー固定+ラップアラウンド | 噛む面を覆わず自然な接触を妨げない。 | 生物学的適応(セトリング) | 自然な噛み合わせの獲得を重視する方/難易度の高いケース |
| ビベラリテーナー | 歯列全体を透明素材で覆う。 | 工学的保持 | 治療終了時の形態を優先したい方 |
| インビザライン・コンプリヘンシブ(5年間) |
デジタル管理で微細な調整が可能。 ※5年後は別の保定装置へ移行が必要 |
能動的コントロール | 精密な管理を希望する方 |
| 難易度が高いケースでは、4−4ワイヤー固定の継続が有効です。 | |||
07. 保定装置の費用一覧
保定に必要な料金をまとめました。装置そのものの費用に加えて、管理や調整に必要な項目があります。
長期の安定を得るために必要な工程に基づく料金です。
| 項目 | 内容 | 料金 |
|---|---|---|
| ビベラリテーナー | 上下顎 | 18000円 |
| リテーナー | 片顎 | 15000円 |
| 歯の裏側固定 | 片顎 | 5000円 |
| 歯の裏側固定+リテーナー | 片顎(5000円+15000円) | 20000円 |
| 歯の裏側固定+ビベラリテーナー | 片顎(5000円+上下顎18000円) | 23000円 |
| 追加スキャン |
動的治療後の残り期間をスキャンして微調整を続ける場合 ※コンプリヘンシブを選んだ方のみ利用可能 |
5000円/回 |
| 最終アライナーの買い足し | 片顎につき | 6000円 |
| 管理料金 | 保定期間のデータ管理・確認 | 5000円 |
これらの費用は、噛み合わせの安定と再発予防のために必要な工程に基づいています。
最適な組み合わせは歯列や生活習慣によって異なるため、診察時に個別にご説明します。
06. 最適なプランを一緒に選びましょう
保定装置に絶対的な正解はありません。
歯列の特徴、生活リズム、装着管理のしやすさを総合して選ぶ必要があります。
装置撤去が近づけば、医学的な条件を踏まえて最適な方法をご提案します。
気になる点は診察時に遠慮なくお知らせください。